授業短信 平成30年12月8日 覺正 寛治 先生

平成30年12月8日(土)【2時間目】

覺正 寛治 先生
(人財育成コンサルタント)
教科:社会

『3つの幻想』
~だからミスってするんだ!~

1995年3月20日、東京霞ヶ関を中心に引き起こされた無差別殺人テロ「地下鉄サリン事件」は、大都市で無差別に化学兵器を使用する今までに類を見ないテロリズムとして世界を震撼させました。被害を受けた方々の中には生涯治ることのない後遺症を抱えた方もいます。通勤途中のテロで負傷した場合の労災認定は? 当時の霞が関の常識は「NO」でした。そこから前代未聞の労災認定を勝ち取るまでの戦いは、「安易な正解を求めない」という、覺正先生のヒューマンエラー対策の原点となります。授業では実際に手を動かしながら身近に潜むエラーを疑似体験し、ヒューマンエラー対策の重要性を認識することができました。ここでは講義のほんの一部分、先生の原点となった事件のおはなしと、ヒューマンエラーを防ぐコツをお届けします。

「正義」の反対は「別の正義」

 地下鉄サリン事件が発生した時、私は当時の厚生労働省の本省に勤めており、労災保険の責任者でした。テロは朝の通勤時間帯に発生し、死傷者6300人という多数の被害者が出ました。主に通勤客を狙ったこの事件を目の当たりにして「労災認定はどうなる?」。

 一般に、通勤途中のケガは「通勤災害」で労災の対象ですが、事故発生直後、当時の補償課44名のスタッフのうち43名は「今回のテロ事件での負傷は労災認定には当たらない」との認識を持っていました。政務次官に「大臣は午後1時に会見する」と告げられ、午前11時までに結論をペーパーにまとめなければ、負傷した方々に対して何もできなくなってしまう。当時の係長クラスのスタッフに、新聞の縮刷版過去3年間分を取り寄せるように指示し、特に多数の負傷者を出した霞が関周辺の治安について調べました。


 業務中、普段はおもてに出ていない内在的な危険が現実化したと認められた場合に労災が認定されます。過去のニュースを調べると霞が関付近は襲撃事件や暴行事件が多発している地域で、内在的危険の発現が極めて高い状態にあると言えました。財源の確保など不確定な部分はまだあったものの、労災認定へのロジックが組み立てられたので、結果的には3680名の方々へ補償給付を行うことができました。阪神淡路大震災、東日本大震災では通勤中での負傷者に労災認定が下り、地下鉄サリン事件を踏まえた対応となりました。

 ある正義を通そうとすると、「別の」正義が立ちはだかる時があります。前例も、時に「別の」正義と言えます。エビデンス(証拠)に基づいて反証することで前例を覆すことができます。そこでは安易な正解を求めず、相手の立場に共感し、より良い解決策を探っていくことが必要だと実感しています。

6秒を知る

時として、人は怒りを感じることがあります。怒りは人として生きていく上で絶対になくならないものです。怒りは威嚇の一種であり、大脳生理学では、より動物的な部分を担う旧皮質が怒りを司っています。「6秒」というのは、その怒りが旧皮質から新皮質に到達する時間であると考えられています。そのためこの6秒間をうまく使うことで、怒りで誘発される行動がコントロールできる可能性があります。

 1970年代のアメリカでは、刑務所収監の犯罪者の再犯率が高いことが問題でした。刑務所に入ったところで元々の性格が変わっていないから再犯するのだろうと考えられ、アンガーマネジメントが導入されました。怒りの感情とうまく付き合うことを教えた結果、再犯率が下がったという実験が報告されています。

 私も昔は「瞬間湯沸かし器」と呼ばれていた頃がありました。その当時、頭にきたときは、タバコを吸っていました。タバコを吸うことで6秒待ち時間を作っていたようです。他にもパッと言えないような数字を引き算してみたり、「なんくるないさー」とつぶやいてみたりして、怒りを感じたときは、次に行動に移る前に6秒間待つ癖をつけるようにしています。正直、怒りに身を任せてもいいことは一つもありません。

熱い講義とはうって変わって、普段は書を愛する穏やかな覺正先生。
お名前が示す通り、ご実家はお寺の家系だったそうです。
(写真左から東京分校 久米信行先生、澁谷先生、事務局佐多、覺正先生、東京東信用金庫 小川様)


PHOTO: Nobuhiro Kaji